2014年3月23日日曜日

盗賊ギルドへご案内 【11】

本当のアジトとはどういうことなのだろう。かなりの期待感を胸にふくらませながら、目の前の男についていく。

「これだ」


ただのタンスに見える
「どっかのファンタジーか何かで、箪笥の中に入り込んで雪の女王と戦ったりするわけ?」

ブリニョルフにぶっきらぼうに示された箪笥を見て、私は彼をからかった。

「それともこの中に女の子の一家が隠れ住んでるの? それか道化師のサイコパスに八つ裂きにされるの?」
「少しは黙っていたらどうだ?」

あまりしつこくからかうと、流石にイラっときたらしく冷たい口調で叱咤されてしまった。


アンネの日記かよ
「おおー」
「少しは驚いてもらえたかな小娘」
「地味すぎる」
「隠してあるのに目立っちゃしょうがないだろう」
「いやもっとさ、なんていうか。新鮮さというか。そういうものがほしい」
「俺達は世界を滅ぼそうと画策する悪の組織でもなければ、派手好きで内輪もめばかりしている魔術師ギルドでもないし、凝り性が行き過ぎて消えちまったドワーフでもない。理想と現実ってやつだな」
「夢と希望も、もう少しでいいから欲しいよ」

中に入ると、ラグドフラゴンと同じくらいの広さの広間があった。元々は下水道の貯水池だったのだろう。だが今は匂いもなく、天井も高くて意外と開放感のある場所だ。周りには同じ鎧を着た人達が私のことをじっと見つめてくる。ここにいる人間すべてが盗賊ギルドのメンバーなのだろう。


左が鰤。右がメルセル

広間の中心で私はメルセル・フレイという男に出迎えられた。どうやら彼が現在の盗賊ギルドのマスターらしい。ブリニョルフや他の盗賊と違って私を歓迎するような素振りは見せず、どちらかと言えば敵意を以って私のことを睨んだ。顔も悪人面だし、どうやら他の人間が「悪人」であるならば、こいつは「悪党」という肩書がよく似合いそうだ。

「これが新しいメンバーか、ブリニョルフ。こんなガキを連れてきてどうする気だ? お前が認めたんだから腕はいいんだろうが、子守とオシメの交換はゴメンだぞ」

私を一瞥してそう吐き捨てたこの男は、ブリニョルフにも食って掛かる。ここまでやっても認められないものかと思うと、苛立ちが募る。そりゃ下っ端だし、軽い仕事をこなしただけだ。だけどこいつにここまで言われるのは納得がいかなかった。今まで何度もこういう扱いを受けてきたせいか、こういうことには慣れているつもりだった。だけど、何故かこいつに対してはむかっ腹が立つ。別の出会い方をしていたら、すぐにでもクレイモアで首を切り落としてやるのに。

「メルセル、そう邪険に扱わないでくれ。これでも俺の部下だ」
「……いいだろう。なら一仕事してもらおうじゃないか。メイビン・ブラックブライアから依頼が来ている。それを片付けてもらおう」
「ちょっと待て、ゴールデングロウの事を言っているんじゃないだろうな? うちのヴェックスでさえ入り込めなかったんだぞ」
「だからやらせるんだよ。頼んだぞガキ。その小さな手で俺を殺そうと思う前に、仕事をこなして俺を信頼させてくれ。信頼は言葉からじゃ生まれないのは、当然、わかるんだろう?」
そう言って私から離れようとするメルセルをブリニョルフが止めた。
「おいメルセル。なにか忘れてないか」
「ああそうだった。盗賊ギルドにようこそ。……これでいいか?」

私の方すら見ずにそれだけ告げると、メルセルはさっさと自分の持ち場、マスターの机に歩いて行った。
ゲー、とゲロを吐くジェスチャーをしてその背中を見送ると、申し訳無さそうにブリニョルフが私の肩に手をおいた。

「あいつは誰に対してもああいうやつなんだ。すまん」
「あんなのがトップだなんて皆大変ね。少なくとも、上に立つ人間の柄じゃないわ」

ぺっと貯水池に唾を吐き捨てる。

「腕も、運営力もあいつが一番なんだ。さてと、俺からも言わせてくれ」


小娘(稼ぎ頭)とかくと凄まじいクズの匂いが漂う

「ファミリーへようこそ小娘。お前には目一杯稼いでもらえると期待している。失望させるなよ」
「はーい。ところでさっき話してたゴールデングロウって何さ」
「ああ、今から詳しく説明しよう。お前にもわかりやすく簡潔にな。うちのギルドのパトロンであるメイビン・ブラックブライアは酒造を営んでいる。だがその酒造の原材料のハチミツが突然売られなくなった。メイビンはカンカン、俺達に取引の復旧と、なぜメイビンを裏切ったかの調査を頼んできたわけさ」
「凄いわね、なんていうか、そのメイビンって人。交渉してもダメなら交渉の条件をこっちからへりくだって求めるわけじゃなく、力を使ってなんとかしようってわけね」
「その通りだ。まあそもそも、メイビンはうちのようなギルドに金を出してるだけあってまともな人間じゃあない。リフテンで誰かがブラックブライアをバカにすれば、その一時間後にはその死体が川に浮かんでいるか、牢屋行きだ」
「こわっ」
「コワイぞ。俺でさえメイビンと話すときは敬語になる。学もないのに脳みそが必死に敬語をつくり上げるのさ。あんな経験、二度とゴメンだね」
「ふーん。私は敬語くらい使えるけど」
「じゃあメイビンとの交渉はこれから全部お前に任せよう」
「やめて。んで話を戻すけど、私はどうすればいいの?」
「ゴールデングロウ農園の蜂の巣を3つ燃やせ。リフテンで燃え上がる炎ほど、こちらの意思を迅速に伝える手段はない。2つ目に、何故こんなことになったかを調べる書類を見つけろ。ゴールデングロウがメイビンにハチミツを売らないなら、別の奴に売っていることは確実だ」
「りょーかい」
「ああ、それとゴールデングロウについてはヴェックスが詳しい。彼女に詳しく聞いてみてくれ」


絶対領域パネエ!

ラグドフラゴンにいるヴェックスに話しかけると、きつい瞳でこちらを睨んでくる。しかもしょっぱなからこんな敵対心剥き出しのことを言われるとは。だけどメルセルとは違い、この人は本気で私を見下してバカにしているわけじゃなさそうだ。どちらかというと、探っているという感じだろう。

「ヴェックスお姉ちゃんに聞いてきなさいって言われてきました」
「お姉ちゃん!?」

自分からお姉ちゃんとか擦り寄るのもどうかと思うが、この人はなんだかんだ言って面倒見がよさそうな匂いがする。それになんとなくだが、この人はこういったアプローチに慣れていない気がするのだ。周りは男ばっかりだし、子供もいなさそうだし、若干寂しそうな雰囲気も持っている。
といってもわざわざ擦り寄るためにこういうことを言ったのではなく、単純にお姉ちゃんという感じがするからだ。どっちかというと姉御だけど。

「いやなんか、おじさんはいっぱいいるけど、お姉ちゃんってのが似合う人って初めてだなって」
「あ、あんまりにも聞き慣れない言葉だったからびっくりしちゃったわよ。ところで何が聞きたいの」
「お姉ちゃんが前に忍び込んだゴールデングロウ農園に行きなさいって言われたから、聞きに来たの」
「……メルセルのクソ野郎。こんな子供にまで仕事をやらせる気かい。あたしが言ってやめさせてくる。ブリニョルフもなんで黙ってたんだ」
「私が認められるには、この仕事をこなすしかないの。だからやる。私だって、遊びでここに来たわけじゃないもの」

そう言うとヴェックスは私をまじまじと見つめたあと、ため息を一つしてまた木箱にもたれた。

「仕事は好きかい?」
「まだそうでもないけど。でもやるなら盗みがいい」
そう答えると、ベックスは笑ってそうだよな、と答えた。
「ヤクザみたいなこともしてるけどさ、本業は盗みなのさあたし達は。さてと、小さい盗賊さんに何を教えればいいの?」

微笑を浮かべて私に話しかけるこの人が、初めて私を盗賊と呼んでくれたことが何やら嬉しかった。今まではずっと子供扱いだったけれども、この人はちゃんと私を仲間だと思ってくれているのだろう。

「どこから侵入するといい?」
「ゴールデングロウのすぐ外に下水道がある。それを使えば、裏手の勝手口からすんなり入り込めるはずさ。それと警備が厳重だから見つかったら慰み者になるのは覚悟しといたほうがいいわよ」
「どれくらい厳しいの?」


とかいいつつしっかり逃げ延びる姉御


「来れるもんなら来てみやがれ、と言わんばかりの布陣だったよ。傭兵を二十人は雇ってる」
「わかった。絶対に見つからないようにする」
「仕事は手早く確実にね。あたりまえだけど、進入するなら夜にしな。消音の魔法もあったほうがいいわ」
「それなら持ってる」
「ならOK。もしなんかあったら、逃げてリフテンまで来るんだよ。そしたらあたし達が何とかしてやる」
やっぱりこの人は姉御だなぁ。
「うん。じゃあ行ってくるね、ありがとう」

初めてこの人は私を仲間扱いしてくれた。一人じゃないのだ、としみじみ感じる。もう母さんのいる家には戻れないけれど、ここが少しだけ居心地よく感じて、住めば都という言葉の意味が初めてわかった気がした。

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