2014年3月25日火曜日

後悔は、常に切ない 【13】

朝焼けの山々はとても美しく、私の心を洗い流してくれる。この盗賊ギルドに入って汚いことを随分こなしたけれども、まだ私には善意というものがあるみたいだ。といっても、いまさら悪名が晴れることも、罪が消えることもない。根っからの悪党のような人間にならないことを願うばかりだ。

スカイリムの朝焼けは、色々なものを洗い流す
一晩お世話になった製材所の主人に、何かお礼をしようと思って小屋を尋ねた。悪事を働いて罪を被るのが当然ならば、借りを返すのもまた摂理だ。

「ごめんください」
「リーフナーかい?」

小屋に入ると突然叫ばれたので、思わず体がびくつく。しかし叫び声の張本人は私を見ると肩を落としてため息をついた。どうやら見当違いだったようだ。妙齢の女性で、顔にはイライラとした感情が簡単に見て取れる。何かあったのだろうか。

「突然お邪魔して申し訳ないです。昨晩、勝手にこちらの製材所に泊まらせていただきました。何かお礼をしたいと思っているのですが……」

製材所のグロスタさんはなかなかにセクシーなお体を持っているが、顔のシワは隠せない。若い頃はさぞかし美人だったろうな、と今でも面影を想像できるほどである。

「あんた盗賊かい?」

その言葉に、しまったという顔を浮かべてしまう。ギルドの鎧を着たまま一般人に話しかけるのはあまりにも無頓着だった。慌てる私を一瞥すると、グロスタという女性はあなたに頼みたいことがある、と申し出た。

「夫のリーフナーが消えたのよ。お礼をしてくれるというのなら、私の夫を探してもらえない? 見たところ、あなたは盗賊のようだし、蛇の道は蛇というじゃない」

私を盗賊だとわかっていながらも、グロスタさんは落ち着いていた。

「つまり盗賊が絡んでいるんですね」
「ええ。詳しく話を聞いてもらえる?」
「もちろんです」

グロスタさんは私に向き直ると、詳しい経緯を話してくれた。それはもう、烈火の如き勢いで。

「私の夫のリーフナーが消えたのよ。どうせまた他の女の尻でも追っかけているんでしょうけど、もう我慢の限界。私のことなんてなんにも省みやしない。クソッタレよ男なんて。クソにションベンかけて醸造したら出来るのが男なんだわ! もしあんたが連れ戻してくれたら、顎の骨を砕いてやる!」

あまりの剣幕に脂汗が浮かびそうだ。自分に向けられていない怒りでも、目の前で怒声を吐かれると恐ろしいには変わりない。

「て、手がかりはありますか?」
「あるわ。リーフナーは新しい取引先が高値でうちの製材を買い取ってくれるというから、その契約に向かったの。どうせその金であたし達を捨てて、若い女と宿にでも入ってるんでしょうよ!」

体と顔のギャップがやばい
「木材を持って出向かなくちゃいけないっていうのが罠だったのよ。リーフナーだけじゃなくて、在庫も随分消え去ったわ。あたしを騙して、洗いざらい奪ったのよあのクソ野郎は!」
「それは……大変ですね」

話を聞いているうちに心底かわいそうになってくる。この人は何度も浮気をされた上で、それでも信じて一緒に暮らしていたのに全て奪われたのだから当然だ。どこか私と似た境遇のような気もして、他人事のように感じられない。私の父は何もせずに消えただけマシだけど、家も母もなくなってしまったのだから状況的には大差ない。

「その取引はどこでする、と言っていましたか?」
「ブロークンヘルム・ホロウ(洞窟)ですると言っていたわ。手がかりはそれしかないの」
「わかりました。まずはそこに行って手がかりを探してみます」
「お願いね。子供にこんなことを頼むのもどうかと思うけれども」
「心配して下さりありがとうございます。ですが、お礼はお礼です。では行って参ります」

心底侮蔑の混じった台詞
馬で街道を走りぬけ、ブロークンヘルムホロウまで一直線に向かう。

山賊の砦をスルーし
オオカミをぶち殺し
追いかけてくる山賊を撫で斬る
そんなこんなでブロークンヘルムホロウに辿り着いた。
中には山賊が住み着いていて、どうみても正常な取引先の相手ではなさそうだ。
もしかすると、リーフナーは山賊に騙されていたのではないだろうか。
というかそれが確実そうだ。そもそも洞窟で取引をすると言われた時点で不審に思わなかったのだろうか。もしも怪しい取引相手だとわかっていて取引を敢行したのだとすれば、愚かすぎる。それが例え妻と娘のためであったとしても、死んでしまったらなんにもならないのだ。なんにも。
命さえあれば、いくらでもやり方はあるだろうに。

話が通じる人間はいなさそうだ
露わな人骨で露骨。納得してしまった

山賊を斬り殺して刀の切れ味を確かめていると、宝箱のそばに露骨な人骨が転がっていた。これは今までの犠牲者達だろう。それにしても、リーフナーが生きている可能性は絶望的になってきた。後のことを考えて気が重くなる。グロスタさんはまさかリーフナーが死んでいるとは思っていないから、ショックを受けるだろう。あの怒りようじゃせいせいした、と言い出すかもしれないが。


どこを探しても手がかりが見つからないので諦めかけていたが、怪しい仕掛けを見つけた。もしやと思ったが、それはこの隠し扉が動いた瞬間、確信に変わった。隙間から漂ってきた死臭と腐臭が、如実にそれを物語っていたからだ。

ここで「取引」をしたのだろう

案の定だった
中には数人分のバラバラ死体に混じっておそらくだがリーフナーの死体もあった。取引と称してここに連れ込まれ、あっという間に殺されたのだろう。遺書も手紙もなく、あったのは結婚指輪だけだった。この死体がリーフナーであるかどうかは、グロスタさんに見せれば明らかになるだろう。

それにしても胸糞が悪い。私は盗賊になって随分人を殺したり、物を盗んだが、善良な市民の命を取るようなことはなかった。鼻で笑いながら知ったように「やっていることも罪の重さも同じだ」という奴もいるだろう。だがそれは詭弁だ。私は一線を超えるようなことはしていない。人を騙し、全てを奪い去った上で殺すようなことはしていない。それが私に残った最後のプライドだ。行為はそれを行った理由によって区別されるべきだ。

「ちくしょう……」

握った剣が振り下ろされる相手はすでにいない。私が殺してしまったから。
先にこの死体を見つけていたら、もっと気持ちよく殺意を乗せて剣を振れただろうに。

製材所に戻った私は、グロスタさんの愚痴を早速聞かされた。

「あのブタ、今頃どこぞの街にでもいるんだろう? ええ?」
「これ……リーフナーさんのですか」

ポケットから出した指輪を見せると、グロスタさんはひったくるようにそれを奪った。

「リーフナーさんは……」

俯いて、それ以上言葉を続けることが出来なかった。
私の態度と指輪から察したのだろう。みるみるうちに、グロスタさんの目から涙が溢れる。


「ウソ、そんな……。今までずっと彼に裏切られたんだと思ってたのに。馬鹿な話ね」

指輪を見つめ、祈るように手を組んでグロスタさんは嗚咽を漏らした。

「早く助けを送ればよかったのに、ただ座って悪態をついて時間を無駄にしていたなんて。馬鹿なのはあたしだったのよ。みんなあたしが悪いの……」

何も言うことが出来ずに、湖畔で泣き続けるグロスタさんをおいて私はその場から去った。
グロスタさんは、これからずっと自分を責め続けるだろう。あの人が悪いんじゃないことは、誰の目にも明白だ。だけど、気持ちはそんなに論理的なものじゃない。
ため息をつく。
私が指輪を見つけなければ、あの人が苦しむことはなかったんじゃないか。
私は、ただあの人に絶望を届けただけだ。
答えのない自問は、リフテンに着くまでずっと私の胸を締め付け続けた。

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